「正しいことの正しさを信じ過ぎている」が名言なので紹介する

全文は次になります。

「でも君はちょっと極端なんだ。正しいことの正しさを信じ過ぎている。他の人はもっと、正しいことがそれほど正しくないんじゃないかと疑っている

「いなくなれ、群青(河野裕)」という本の中に書いている言葉になります。

ここでいう「正しさ」とは、「自分にとっての正しさ」のことになる。

数学的な意味での正しさは、万人にとっての正しさになる。
例えば「1+1=?」の問に対しては「2」が正しいとなる。これは反論できないというより、してはいけない。なぜなら、そのように決めたからだ。

逆に感覚的な正しさは、万人にとっての正しさにはならない。
例えば「この料理はおいしい」はその人にとっては正しい。多くの人も同じ正しさを持っているかもしれない。しかし「不味い」と考える人が間違っている訳ではない。その「不味い」もその人にとっては正しいからだ。

これに正解とか間違いはない。しかしこれに正解とか間違いを持ち込むと、物事がややこしくなっていく。そんため正論が人の共感を呼ばないのは、この問題を正解とか間違いで解釈しようとしている人の発言であることが多いからだ。

このように曖昧に考えるのは人類の知恵なのだろうか、それとも妥協の産物なのだろうか?
これについても結果を出さないのが、好ましいと考えるのだがどうだろうか?

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

いなくなれ、群青 (新潮文庫nex)
河野 裕
新潮社 (2014-08-28)
売り上げランキング: 15,180

→「普通にものが見えて、普通に耳が聞こえていたら、きみに感謝していないわけないじゃない」が名言なので紹介する

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