平成30年7月豪雨災害が早くも非難合戦になっている報道を考える

2018年7月13日、これを書いている段階で「平成30年7月豪雨災害」が、早くも非難合戦になっている。

まだ救助も全て完了していない段階で、何か間違っているように感じている。

今回はこの件について考えていく。

感想と考察

2018年7月6日~8日にかけて西日本に大雨が降り、多数の死者と災害が発生した「平成30年7月豪雨災害」

13日現在でも捜索している場所や、復旧作業を勧めている所は多数存在する。本来は全ての力をその方面に向け、他の事などしている場合ではない。

それなのに報道の多くは、「あら探し」に明け暮れているように感じている。ここ数日に見つけた件を少しだけピックアップしてみる。

7月5日、安倍首相を含む自民党議員が飲み会をしていた。
政府の対応が遅い。
7月11日、安倍首相が岡山県に現地入りしたが、返って邪魔。
首都圏のマスコミは、災害の報道を軽視している。
マスコミは救助している人の邪魔をしている。
7月7日、8日に福岡で「ラブライブ」のライブを強行?した。
真備町の治水工事は50年間棚上げされて、実行されなかった。

これはほんの一部だが、かなり早い段階から非難の報道は多かった。

確かに非難に値することはある。危機感が足りないと言われれば、「その通り!」

但し、「このタイミングでするべきか?」と問われたら、間違いない反対する。することが多くても非難された場合、対応が必要になってくる。それって、かなり迷惑な話です。

また本当に被害にあっている人は、非難するより自分のことで精一杯のはず。そこから考えると、「非難している人は、災害にあっていない人」になる。

災害にあっていない人が対応してる人を非難し、実際の対応を遅らせている。こんな迷惑なことはない。

まとめ

対応が悪ければ、非難することは正しい。そしてよりよい判断が出来るように、変えていかないといけない。

また政府の対応が悪いなら、より良い対応が出来るように訴えていかないと行けない。または対応が出来る政府に、選挙などを利用して変えないといけない。

しかしその全ては、落着いてからのことだ。次のことを考えることが出来るタイミングで、初めてしていくべきことになる。

それなのにある一定の時期がすぎると、「まるで旬が過ぎたこと」のように忘れられていく。まったく逆では無いだろうか?

個人的な結論を言えば、今の段階では非難はもちろん分析すら必要ない。必要なのは「対応」のみだと考えている。

全ての力を「対応」に利用する。そのような社会になることを希望する。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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