災害時におけるマスコミの報道は迷惑か?について考えてみる

2018年7月6日以降に起こった「平成30年7月豪雨」により、西日本では甚大な被害が発生しています。

これにより救助はもちろん、支援なども混乱をきたしているのは間違いありません。またいくら考えて努力しても、混乱するのは当たり前とも言えます。

そしていつも気になるのは、マスコミの報道です。今回はこの点について考えていく。

まず初めに書いて起きますが、マスコミの報道によって私たちは情報を得ることが出来ます。その点では間違いなく感謝しているのは言うまでもない。

しかし私たちが知りたいのは現場の状況や、「自分たちに出来ることは何か?」を知るための情報です。決して興味本位が優先しては行けないと考えています。

そして間違っても報道によって、現場に迷惑を掛けては行けない。

そう考えていた時に、次の記事がネットで見つかった。

→(東スポ)スッキリ・阿部リポーターが捜索作業中の母親にインタビュー ネットでは「人命救助のジャマ」

記事より一部を抜粋します。
この日、阿部リポーターは広島市安芸区で、土砂に流され行方不明になった18歳男性の捜索現場を生中継。母親と多数のボランティアがスコップで土砂を掘り起こしている。男性と一緒に流された男児が近くで遺体で発見されたことから、付近で捜索しているという。阿部リポーターはマスクを着用し、スコップを手に持つ母親にインタビューを始めたのだ。マイクを向けられた母親は「現場にボランティアの方がたくさんいますけど、1秒でも早く見つけられたと思っていますのでよろしくお願いします」と人手が足りない窮状を訴えた。

この大変な時にインタビューした行為が「ジャマ」として、ツイッターなどで批判されている。個人的にも同意見になる。

このインタビューの意味とは何だろうか?

確かにこの作業中にインタビューし映像を流すのは、非常にインパクトがあります。映像を見ている人に影響も与えます。そのためマスコミ側としては成功と言えるでしょう。

しかし立場を変えて、「自分が被災者側なら?」ならどうだろうか?
人命救助の途中で人手は足りず、また1分1秒でも時間が惜しい所です。自分なら間違いなく苛立ったでしょう。

そこから考えると、このインタビューや放送はマスコミのためであり、被災者のためでは無いことは明白である。

まとめ

最期に災害時における、マスコミに期待することを書いておく。

現場の状況については「映像」という利点を使い、正確に放送して欲しい。
被災者が何を必要としているか、正確な情報が欲しい。但し映像はいらない。
救助している状況や、必要な人手の情報は正確に提供して欲しい。但しインタビュー映像はいらない。
被災による避難場所の映像はいらない。迷惑以外の何物でもない。ましてお風呂の映像など論外です。

マスコミが商売であることは理解しているが、被災者に迷惑だけは掛けないことを期待する。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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