兵庫・臨海学校で溺れた中3生徒を助けようとした教師が重体になった事故を考える

2018年7月10日午後3時40分ごろ、兵庫県南あわじ市の海岸に臨海学校で奈良県から来ていた、中3の男子生徒が溺れる事故が発生した。

それを助けようとした教師(51)も溺れて意識不明の重体。生徒も重体だが、命に別状はないとのこと。

元ネタはこちら

→(MBS)臨海学校で溺れた生徒助けようと…智弁学園教諭が重体

今回はこの件について考えていく。

感想と考察

何とも複雑な気分になる事故が発生しました。誰にどのような気持ちを持てばいいのか、判断に悩んでいます。

ここからは少ない情報ですが、個別に考えていきます。

事故の状況確認

ここでは事故の状況について、MBSの記事より抜粋します。
10日午後3時40分ごろ南あわじ市阿万塩屋町の海岸で、近くの「青少年の家」に臨海学校に来ていた奈良県の智辯学園中学校の3年生の男子生徒(14)が溺れ、助けようと海に入った男性教諭(51)も溺れました。2人は「青少年の家」の職員に助け出されましたが、男性教諭が意識不明の重体です。男子生徒も重傷とみられますが搬送時には意識があり、命に別状はないということです。
警察によりますと男子生徒らは浜辺の散策中で、水に入って遊んでいたところ誤って沖合に流されたということです。海岸は渦潮で知られる鳴門海峡に近く遊泳禁止区域でした。

生徒の行動について

生徒がどのような遊びをしていて流されたのかは、現状では不明です。

しかし足が浸かる程度の入り方なら、流されるとは考えにくい。そこからある程度、泳ぐような行為をしていたと考える。

しかし記事にも書いているように、「遊泳禁止」の場所になります。明らかに生徒が危険な行為をしていたと考えて間違いない。

しかし視点を変えてみると、「なぜそういう行為を生徒は出来たのか?」が気になる。
浜辺の散策中の時、禁止しているにもかかわらず勝手に生徒が入ったのだろうか? 中学生の男子生徒ならしてもおかしくないが、その点は正確に把握したい。

先生の行動について

先生の行動について感情的には「立派な行為」と考えるが、冷静な視点で見てみると「無謀な行為」と考えてしまう。

この教師は泳ぎが得意だったのだろうか? もしくは責任感だけで飛び込んでしまったのだろうか? この点は結果論になってしまうので、評価は控えます。

まとめ

先程、教師の行動について考えたが、それでは「何もしないのが正しいのか?」と問われたら判断が難しいのは間違いない。

「自分が溺れるかもしれないから、救助を呼びに行く以外はしない」と言う人がいれば、必ずしも称賛されるとは思わない。

今回の場合は教師が重体のため「美談」になっているが、逆に助けなかったら「非難」の対象になってもおかしくない。

この点は人の難しさを感じる。

また今回は教師と生徒だが、「もし我が子なら?」と考えた場合、冷静な判断など出来るとは思えない。「出来る出来ない」ではなく、「するかしないか」の問題になる。

個人的な結論としては、「水辺の事故は起こってからでは遅い」となる。そうならないための「事前の対策や行動」こそが大切になる。

当たり前のことだが、これ以外に無いと考える。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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