羽生選手の金メダルについて世界が絶賛とかはいらない?

平昌オリンピックのフィギュアスケートで羽生結弦選手が金メダルを獲得した。

前回のソチに続く連続金メダルは、偉業と言って間違いない。

個人的にも、「すごい」「おめでとう」、そして「お疲れ様」と伝えたい言葉はたくさん
ある。

またその気持は、多くの人も共有しているだろう。

しかしニュースを見ていると、どうしても違和感のあることがある。

今回はそれについて書いていく。

世界が絶賛とかはいらない

ニュースを見ていると次のような内容がある。

「羽生選手の演技に世界中が称賛の嵐」

「羽生選手の演技を元世界チャンピオンが絶賛」

確かにニュースに書いているのだから、発信しているのは事実だろう。

「しかしこれって、ニュースにする必要がある?」

全く無関係の人が称賛するのは良い。

もちろん関係者が称賛するのも良い。

新聞などの組織が称賛するのも問題ない。

他国の人が称賛するのも問題ない。

しかし、「世界が称賛している」ということをニュースに書いて、世間の日本人に知らせる
理由が分からない。

称賛している情報は、選手本人だけが知れば良いこと。

第三者である世間の人が知る必要はない。

ただこれは、「日本人を否定しているのではない」

羽生選手は日本の代表として戦い、金メダルを獲得した。

日本人として嬉しく思い、そして誇りを感じるのは当然のことです。

しかしそれと、「世界からの称賛」を自分のことの様に感じるのは少し違う。

あくまで称賛されているのは羽生選手。

それをニュースという公共のメディアが取り上げるのは、違和感を感じる。

「国と個人は別物である」

まとめ

いろいろ書いてきたが、個人的に言いたいことは一つです。

「選手に対する発言は、自分の考えだけでいい」

自分の発信する情報に、世界の情報や他の人の情報は要らない。

これって明らかに、選手に対してではなく、読んでいる人に向けている。

そして読んでいる人自身が、日本人として称賛されているように錯覚する。

これってやはり、無駄な情報です。

「はっきりいって必要ない」

改めて書きますが、個人的には羽生選手に、どのような言葉を送っても足りないぐらいです。

一つだけ最後に付け加えるとしたら、「お疲れ様でした」

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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