街を歩いている時のすれ違いによる怒りを引きずる人がいる件について

街を歩いていると、人と良くすれ違う。そして避けるのに失敗して、お見合い状態になることがある。

少し恥ずかしいけど、しょせんそれだけ。

と多くの人が思っているはず。しかし私は違う。そのことを、けっこう引きずってしまう。

「何故あの時、こう動かなかったのか?」とか。また相手が睨んできたりしたら、けっこうイラッとして怒りを引きずることも多い。

また初めは対向の動線が明らかに違うのに、こっちに寄って来たりする。

「なぜこっちに寄ってくる。前を見ろ!」

と怒鳴りたい気持ちを内にしまい、結局自分が避けてしまう。

その怒りと言うか、何というか、結構長く引きずってしまう。

しかしそれを人に話しても、全然理解してもらえない。

「なんでそんなことに怒るの?」

いつも不思議がられる。

そんなことで引きずることは続いているが、人に話すことは無くなった。

そんな時、ある本に自分と同じ感覚を持っている登場人物がいたため、今回このように書く
ことにした。

その作品とは綿矢りささんの「意識のリボン」。

その中に入っている短編の「怒りの漂白剤」に登場している人物だ。

意識のリボン

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綿矢 りさ
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そこには次のように書かれている。

つまらない怒り第一位といえば、街でのちょっとした接触だ。

道を通行しているときに反対から来る人とかち合う、いわゆる「お見合い」状態に

なったときに、相手にすれ違い様に舌打ちでもされようものなら、私は頭にカッと

血が上って、虎並に飛びかかり相手の顔をバリバリ引っ掻いてやりたいほどの怒り、

いや殺意を抱えて、でも実際にはなにもせずに顔を真っ赤に膨らませて道を歩いた。

その結果として、一人で次のようになる。

一人で脳内けんかをくり広げて、飛び交う罵り言葉に再度腹を立てている。

寝る寸前までそうなのだから当然夢でも怒っていて、自分の怒鳴り声で

目が覚めたことも一度や二度ではない。

まさに業とでも言うべき怒りの深さ、くだらなさは長年私の睡眠を妨げてきた。

正直、ここまでひどくはないが気持ちは分かる。

もちろんこれは、綿矢りさんさんのことではない。

しかし書いているので、感じたことはある、もしくは理解はしているということ。

この感覚を共有できるだけでも、ちょっとうれしい。

まとめ

ちょっとここで考えてみる。

このように書いているなら、実際は同じ感覚の人がけっこういるのでは?

しかしこうも考える。

「いたからなんだ?」

同じ感覚の人とお見合い状態になっても、不愉快を引きずったりはしないだろう。

おそらく、ちょっと恥ずかしい気持ちが残るだけ。

問題は、全て相手が悪いと思っている奴ら(言葉が悪いですね、人達)。

もしくは多数を良いことに、絶対に避けない人達。

なによりそんな相手は、このことを記憶していない。

こっちとしてはまったく無駄な怒りであり、何より自分が一番分かっている。

そしてその分かっていることが、更に怒りを増大させる。

意味もなくストレスは溜まっていく...

本当に怒りをコントロールする方法を身に付けたいものだ....

まったく愚痴的なことを、ぐだぐだと書いてしまった。

読んで不快になったらごめんなさい。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。