ロシアW杯・日本勝利からみる集団心理の怖さを考える

2018年6月19日、ロシアで行われているサッカーワールドカップにて、日本が強豪コロンビアに2-1で勝利する大金星を挙げた。

渋谷のスクランブル交差点では、平日の夜にも関わらず大勢のサポーターが集まり、大混乱となる。

元ネタはこちら

→(産経)ハイタッチに肩車…転倒する人も 渋谷スクランブル交差点

今回はこの報道などから考える、集団心理の怖さを考えていく。

感想と考察

まず日本が勝利したことには喜んでいる。「おめでとう」と言いたい気持ちもある。

しかし現在起こっている状況には、大きな疑問を感じている。

ここからは個別に考えていく。

前評判

ロシアW杯前、日本の評判は最悪だった。

監督は突然解任されるし、試合をすれば負けている。しかも得点すら入れることが出来ない。

しかも強化試合をしたスイスメディアに、「日本はスイスを困らせるには弱すぎた」など言われても、怒るどころか「弱くてごめんなさい」と謝罪しそうな勢いだった。

多くの人が「勝って欲しい」とは考えていても、「勝つ」とは考えていなかった。

試合終了後

試合終了後は、今までの鬱憤を晴らすように喜びが爆発した。

勝てないと考えていたため、さらに喜びは大きくなるのは理解出来る。

しかし落着いて考えると、初戦を勝利したに過ぎない。

その状態で緊急車両が通れなくなるぐらいバカ騒ぎをしたり、お決まりの大阪道頓堀川に飛び込んだりと、お祭り騒ぎだ。

現在は途中経過に過ぎず、次に勝つための方法を考えたり、また負けないための方法を考えたりと、喜んでいる場合でない。

それなのに当面は日本勝利を祝うムードで、選手たちの練習時間を割くような場面が多く見られるだろう。

応援してくれる人あってのスポーツなので、その姿勢自体は正しいかもしれないが、目的から考えると違うのは間違いない。

まとめ

ここまでタイトルに書いている「集団心理の怖さ」について触れていないが、今回のように「初戦に勝利する」というのが、もっとも危険な状態となる。

サッカーに限らずだが、当初は反対意見や不安を懸念した案件でも、初めに勝利してしまうと、その意見の全てが無効にされてしまう。

慎重論を唱えても、「勝ったからいいじゃないか」とか「慎重論ばかりでは成功はあり得ない」とかの勇ましい言葉が強くなってくる。

最悪、反対意見を言うと、「良いムードを壊すな!」などの感情論が主流となる。

また騒いでいる人の力で勝利した訳でもないのに、自分がすごくなったように錯覚してしまう。

また今回の勝利により、「世界が日本に驚愕!!」などの記事が出ないことを期待する。

多くの人が前回覇者のドイツが負けたことは知っていても、どのチームが勝ったかを言える人は少ないはず。

今回でも世界は「コロンビアが負けた」が主流であり、「日本が勝利した」には興味がないだろう。現状においては、所詮その程度の段階に過ぎない。

このように初戦の勝利に浮かれた結果がどうなるかは、太平洋戦争などを知っていれば、容易に想像がつくだろう。

最初に勝ってしまったために、最悪を迎えることはよくあること。

「勝って驕らず、負けて腐らず 」の精神を持っていたい。

しかし現状では、「勝っては驕り、負けては人を非難する」と感じて仕方ない...

初戦を勝利したからこそ冷静に判断し、また予選を突破できなくても非難しないような、世間の風潮であることを期待する。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

→(続報)ロシアW杯・コロンビアに勝利した日本に世界が絶賛とか感動とかはいらない

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