ワンピース89巻・横井さんをからあげの残りに例えたのを非難している人を考える

ワンピース89巻の表紙カバー裏に書かれている作者コメントが物議をかもしている。

皿に残っている最期のからあげを、「横井さん」に例えたことが指摘されている。

元ネタはこちら

→「ONE PIECE」89巻が物議。残り物の唐揚げを故・横井庄一さんにたとえる

今回はこの件について考えていく。

感想と考察

まず考えていく前に、問題となるコメントの全文を抜粋する。

「みんなでごはん食べる時、最期に一つ大皿にぽつんと残ってるからあげとかあるよね。あいつに名前をつける事にしました。横井軍曹と。『横井軍曹残ってるよ!誰か戦争を終わらせて!』的な。わからないちびっ子は調べてね。恥ずかしながら!!89巻、始まります!!!」

これに対して批判的な意見と、過剰に反応しすぎという意見に分かれている。

個人的な意見を言えば、どちらにも当てはまらず中間的な感覚を持っている。

「特定個人を茶化すのは好ましくない。しかし過剰に反応しすぎている気がする」

正直、これを見ても何も感じない。せいぜい「変なことを書いている」と感じて、作者の個人的な評価を下げるだけです。

今回の件に関して、「指摘する」のは問題ありません。しかし「非難や批判をする」というのは違和感を感じている。

まとめ

今回の件に限らずだが、「必要以上の正義感」が振りかざされている社会が気になっている。

何か指摘できる案件が出てくると、まるで楽しむかのように非難や批判をすることが怖くも感じている。

今回の件で非難や批判をしていいのは、遺族などの直接的な関係者だけです。

そして謝罪を受ける権利があるのも、その方々だけです。

またこの程度のことでは、遺族の方は何も感じないかもしれない。

それなのに「故人や遺族のことを考えていない」などという代弁は、自分の正義感を振りかざしているようで、違和感しか感じない。

そのためかえって遺族を渦中に巻き込み、問題を大きくしているように感じる。

そこまでいかないで欲しいが、万が一にも遺族にコメントを求めるようなことがあれば、それこそ遺族の方の迷惑にほかならない。

このことから考えると、今回の作者のコメントが「不適切」だったのは間違いない。

しかしそれを必要以上に取り上げる世間も、「不適切」に感じて仕方がない...

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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