テレ朝・報ステで容疑者として警察官の映像を流した問題を考える

2018年6月7日放送のテレビ朝日「報道ステーション」にて、昨年相模原市で起きた殺人事件を報じた時、警察官を容疑者として映していた。

翌8日、間違いに気づいたため番組内で謝罪を行っている。

元ネタはこちら

→(朝日)テレ朝、容疑者として警察官の映像流す 報ステで謝罪

今回はこの件について考えていく。

感想と考察

あってはならないミスであり怒りを感じますが、「あきれている」が本音となる。

百歩譲って、人である以上ミスはありますが、対応があまりにもおそまつですね。

だた、「いつも通り」と言えばそれまでですが...

今回はこの件について個別に考えていく。

謝罪のタイミング

ミスも大問題だが、それ以上に謝罪に問題があります。

いつも自分達が糾弾しているのに、自分たちがしていることは、言っていることと一致していない。

特に今回気になるのは、謝罪するタイミングだ。

おそらくこのミスは、放送直後から何らかの反応があり気づいていたはず。

それなのに丸一日経過後の同番組で謝罪している。

当然前日の放送を見ている人は、このミスに気づいていない。

「間違って放送された警察官のことを何も考えていない!!」

自分たちの影響力が分かっているのだろうか?

トップは謝罪しないのか?

今回の放送ミスは、一人の男性の人生に影響を与えかねない重大なことです。

それなのに番組内でアナウンサーが謝罪しているだけ。

「報道の人って、トップの謝罪をいつも要求してなかったっけ?」

少なくとも正式な謝罪会見を行うのが、一般的な感覚になっている。

「また部下の重大ミスは、上司の責任、またはトップの辞任が必要でしたっけ?」

その点は何も触れられないのですね?

誰に謝罪している?

言うまでもありませんが、今回謝罪をしないといけない相手は視聴者ではありません。

実際に放送された「警察官」に対してです。相手に対する直接的な謝罪は行ったのだろうか?

もし行っていないとしたら、それこそ大問題です。

これでは組織として形式的に謝罪しただけで、本心では「ミスしちゃった、ハハハ」ぐらいに考えているのではと疑ってしまう。

原因究明は?

謝罪も問題だが、「なぜミスは起こったのか?」という原因究明も大切です。

放送内容というのは、一般企業で言う商品と同じ。

まして内容によっては相手の人生に影響を与えるのだから、「食品」レベルと考えるべき。

食品の場合、ミスの原因が分かるまで発売を止めるのが普通の感覚です。

そう考えると、放送自体を止めるぐらいの問題です。

何の追求も対策も放送せず、そのまま続けているのは何なんですかね?

まとめ

分かっていることですが、これがマスコミの現実なのでしょう。

「正義の機関」ではなく、放送を利用している「営利団体」に過ぎない。

そのため放送内容は、必ずしも視聴者にとってのプラスとは限らない。

場合によれば、都合の良い「誘導」もあると考えるべきだろう。

そしてこの改善を、マスコミ側に求めるのは無理だと考えている。

見たり聞いたりしている「こちら側」が盲信するのではなく、きちんと判断することが求められる。

マスコミなどの情報は「正しい」のではなく、「正しいこともある」と考えるぐらいが、ちょうどなのかもしれない。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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