「痴漢撲滅の警察ポスターを批判は正論?」について考える

2018年6月3日、「ハフポスト」の記事で愛知県警の痴漢撲滅ポスターを、批判している記事が載っていた。

まったくの正論ですが、違和感を覚えたのも事実です。

元ネタはこちら

→「あの人、逮捕されたらしいよ。」痴漢撲滅の警察ポスターを弁護士が批判。なぜ?

今回はこの件について考えていく。

感想と考察

まずここに書いている「刑事裁判で有罪が確定するまでは、たとえ逮捕されても『罪を犯していない人』として扱わなければならない」、という考え方は全くの正論です。

個人的にも、その考え方が広まればいいと考えています。

しかし最初に書いているように、どうしても違和感を感じてしまいます。

なぜなら、「この会話って普通にしてますよね?」

逮捕された人が無実だと考える人なんて、本人もしくは身内や親友ぐらいです。

その他大勢の人は、逮捕された人が無罪なんて考えません。

実際、悪意のある会話は多いですし、また直接的な非難も多いです。

個人的には次のように考えます。

「マスコミが訴えていかないといけないのは、逮捕された人にも無罪の可能性があることではないのか?」

それなのに実際のマスコミの報道は、実名はもちろん顔も映しています。

まるで「容疑者」と書いておけば、全てが許される感じです。

そんな現実を置いといて、「ポスターの会話部を批判するなんて...」というのが、個人的な感想になります。

まとめ

私は正論が嫌いです。なぜなら「言っている人が、自分の正しさを信じているからです」

この手の人の多くは、なぜか相手の正論を受け付けません。

より攻撃的になる姿を良く見ます。

そして今回のポスターで批判すべきは、ポスターではありません。

「このような会話をしている人達」です。

もちろんこんなことは、公な立場では書きにくいでしょう。

なぜなら、このような会話をしている人が読者ですからね。

読者を批判することは書けば、大変なことになるでしょう。

またこのポスターには、良い面もあります。

まず「痴漢をすると、周りからひどい目で見られること」

また「痴漢と疑われるだけでダメなので、疑われないように注意すること」

この点は訴えていると考えます。

なにより今どきの人が、これを見てより逮捕した人を悪く考えることはありません。

なぜなら、「現在の状態で、最高に悪く見ているからです」

残念ながらこれ以上、悪くなることはない...

ただ今回の記事で良い点があるとすれば、「逮捕と有罪はイコールではない」ことが改めてアピールされたこと。

それを考えれば、ポスターが炎上するのも良いかもしれないですね。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

スポンサーリンク
wp_336x280R
wp_336x280R
関連記事&スポンサーリンク

関連記事&スポンサーリンク