新潟で遭難していた親子は子供が上でコクラ沢で見つかった件を考える

2018年5月5日、新潟県阿賀野市の五頭(ごず)連山に登山に出かけた親子が、コクラ沢の周辺で遺体を発見した。

2人は子供が上に重なるようにうつぶせで倒れていた。

元ネタはこちら

→五頭連山で発見の遺体、身元は不明の親子 新潟・阿賀野

この件について少し前に記事を書いているが、新しい情報が入ったので続報とする。

→(前回の記事)新潟の遭難していた親子がコクラ沢で折り重なるようにして見つかった件について考える

感想と考察

前回記事を書いた時には「親子が折り重なっていた」という情報しか無かった。

そのため「どちらが上なのか?」が不明であり、予想としては父親が上と考えていた。

しかし今回の情報を見ると、予想に反して子供が上と書かれている。

その点について、予想されることを書いていく。

父親が先に亡くなったのか?

今後の調査が進まなければ、親子のどちらが先に亡くなったかは分からない。

また子供が上の状況から父親が先になくなり、子供が後から重なるようにして亡くなったと考えてしまう。

しかし落着いて考えてみると、必ずしもそうとは言えない。

ここで考えるのは、「もし自分が子供の立場なら?」ということだ。

父親が亡くなったら悲しいのは間違いありません。しかし山に登るぐらい元気な子供なら、生きようとする努力をするのでは無いだろうか?

難しいと分かっていても、斜面を登るか下るかをするのでは無いだろうか?

そう考えると、必ずしも父親が先に亡くなったとは限らなくなる。

逆に子供が先に亡くなったとすると、父親はどうするだろうか?

自分が助かりたいと思う気持ちと同じぐらい、子供を置いて行くことは出来ないだろう。

「そして子供を背負って、斜面を登っていたのではないだろうか?」

もともと「なぜ斜面にいた?」が不思議でした。

一緒にいたとしたら、平坦な所にいるのが普通と考えたからです。

正式には分からないですが、個人的な解釈では子供が先に亡くなったと考えます。

まとめ

先程書いたことは、正直に言えば希望的観測でもあります。

父親が先に亡くなり、子供が上に重なるようにして亡くなったとしたら悲し過ぎます。

結果は変わらないのかもしれませんが、途中に少しでも救いがあればと望んでいます。

また現在分かっていないことで知りたいのは、「父親は携帯電話を持っていたか?」です。

当初の家族の話より、翌朝連絡の後、こちらから連絡が着かないとありました。

その時にはバッテリーが切れていた、または故障していたのだろうか?

五頭連山の電波状況は分からないが、この程度の低山なら広範囲で電波が入りそうです。

実際、道に迷った後も翌日に電話はつながっています。

「もし故障していなければ、なぜバッテリーが残り少ない時に救助を求めなかったのか?」

それとも翌日に家族に電話した時、既にバッテリーは少なかったのだろうか?

これを知った所で変わらないですが、救助の可能性を考えますと残念に感じています。

とにかく悲しい事故であることは間違いありません。

同じような出来事が起こらないこと願っています。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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