熊本で刃物で切りつけた犯人を警察官が発砲した件の報道について考える

2018年5月28日午後4時半ごろ、熊本市東区で30代の男が60代の男性を、刃物で傷つける事件が発生した。

その後犯人は、現場に駆けつけた警察官にも切りかかってきたため、警察官は発砲し、犯人は死亡した。

元ネタはこちら

→(フジ)熊本で切りつけ 警察官発砲“刃物男”死亡

今回はこの件における報道について考えていく。

ここに書いていくのは独自の調査をしているのではなく、あくまで記事から考えたことや、感じたことになる。

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感想と考察

またまた凶悪事件が発生しました。

しかし今回は犯人よりも、発砲した警察官に注目が集まっているように感じます。

その点を踏まえて、個別に考えていきます。

次の記事も参考にしてください。

→(毎日)刃物男 発砲で死亡、警官ら2人に切り付け 熊本

→(NHK)男に刃物で切られ 警察官が発砲 男が死亡 熊本

犯人について

犯人の性格について書いている記事は少ないですが、毎日に少し書かれています。

それによると、職業不詳の男で36歳。切りつけた60代の男性とは同じアパートであり、口論もしています。

また止めようとした男性も追いかけている。

統合失調症で通院歴があることなどから、話が通じなそうな人物ですね。

発砲までの経緯について

フジの記事を見ますと、犯人を見つけた警察官が「いきなり発砲した」感じです。

しかし毎日の記事を見ますと、事前に「撃つぞ」と警告している。

それでも犯人は向かって来て、警察官の顔などを切りつけている。

そのため「しかたなく発砲した」となります。

また同じくいた警察官もケガをしており、危険な状態で合ったことは間違いありません。

「発砲した」ことは事実でも、その経緯を正確に報道は伝えて欲しいですね。

まとめ

今回のように警察官が発泡すると、それ自体が問題視されがちです。

また犯人が死亡したことから、さらに問題が大きくなるでしょう。

どうしても次のような議論が出てきます。

「今回の警察官の行動は正しいのか、それとも間違っているのか?」

「今回の行動は適切なのか、それとも不適切なのか?」

これについては考え方しだいなので、どちらを言っても反論することが出来ます。

そのため永久に明確な答えは出ません。

ここでは私が考える判断基準を書いておきます。

それは「自分なら、どのように出来たのか?」

自分で出来ないことを人に強制するのは、間違っていると考えています。

出来もしないことを「しろ!」なんて、無理なことです。

ただ、評論家のほとんどは「これ」ですけどね。

もちろん自分が出来るからと言って、人に強制するのも間違っています。

自分と人は違いますからね。

この価値判断においては、今回の警察官の行動は正しいとは言えなくても、間違ってはいないと考えています。

少なくとも、私も同じ選択をしたでしょう。

警察官の拳銃は、理想的には「抑止力」であって欲しい。

しかし最終的には「使用する」ことを前提にしないといけない。

今後もより適切に利用することを期待しています。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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