高プロ問題は日本の労働環境が変わらなければ解決しない件を考える

2018年5月25日、「高度プロフェッショナル制度」を含む法案が可決された。

野党や過労死遺族が反対する中での、強行採決として批判されている。

元ネタはこちら

→<働き方法案可決>人の命かかってるのに 傍聴席ぼうぜん

今回はこの件について考えていく。

感想と考察

まず個人的な結論を書いておく。

「こんな法案、可決されてもされなくても何も変わらない!!」

今まで言われていたことを見てみると、次のようなことになる。

「この法案が可決されれば、企業は好きなだけ社員を働かせることができる」

「今は高収入だけの人が対象だが、これからどんどん下がってくる」

「これにより過労死する人が増えていく」

確かにその側面はあるかもしれない。

しかし逆に問いたい。

「この法案が可決されなければ、職場環境は上手くいくのですか?」

結局、今の状態が悪いため何とかしようとしている。

「では残業時間の制限をかければ、物事は解決するのだろうか?」

「規制を超えた場合、重いペナルティをかければ解決するのだろうか?」

私はそれで変わることは「あり得ない」と考えている。

結局規制などというものは、個人の受け取りかたに過ぎない。

例えば高速道路のスピード制限をかけても、スピード違反は無くならない。

駐車違反も同様である。

しかし「飲酒運転」は、なぜ減ってきたのだろうか?

確かに重いペナルティが出来たことも大きい。

しかしそれ以上に、「飲酒運転はいけない」という気持ちが強くなっていると考えている。

またシートベルトも同じである。

着けないと罰金があるという気持ちもあるが、「自分の身は自分で守らないといけない」という考え方が浸透してきている方が大きいと考えている。

またシートベルトを着け慣れると、「着けてないと落ち着かない」気持ちになる。

これと同じように「働き方」とは、まず「考え方」を変える所から始めないといけない。

それなのに多くの人が、「労働時間」ばかりに目を向けている。

まったく大切なことの方向性が間違っている。

まとめ

また企業ばかりが悪く言われているが。私は社員の考え方にも問題があると考えている。

残業時間が決められているのに、それをオーバーする人は多い。

それは大企業の社員も同じであり、タイムカードを付けた後に働いている人も多い。

規制などは、所詮その程度の物となる。

しかしそれは社員ばかりを悪く言えない。

なぜならそれを要求する「顧客」がいるからだ。

「無理だ!」と言っているのに、聞いてくれないというのはよくあること。

しかも言われると嫌なのに、自分が言う時もある。

結局、社会環境が間違っているのである。

またこれは企業間だけの問題ではない。

大衆の顧客もわがまま放題だ。

クレーマーのために、長時間労働に陥っている人も多いだろう。

それを助けるのが企業なのだが、その気持ちはもちろん能力も追いつかない。

このように悪循環のサイクルは、「人」が全ての問題となっている。

まず、「この問題を解決しないといけない!」

最後に改めて書きます。

「法案よりも大切な物に気づかないといけない」

「働く人は奴隷では無いことに気づかないといけない」

「何より会社は守ってくれないのだから、自分の身は自分で守らないといけない」

「働くこと=会社員」という考え方が無くなった時、初めて良くなるかもしれないですね。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。