体育祭の練習中に中3の男女が熱中症になった件について考える

2018年5月25日午後0時10分ごろ、京都市南区の中学校の男女16人に、熱中症と見られる症状が発生。

当日は体育祭の練習を行っていた。

元ネタはこちら

→中3の男女16人が熱中症か 体育祭の練習中、9人搬送

今回はこの件について考えていく。

感想と考察

このような案件が発生すると、多くの人が学校に対して非難的なことを言う。

「学校はどんな無理な環境で、体育祭の練習を行っていたのか?」

「先生たちは生徒たちの健康を把握していたのか?」

「キチンと水分を取るなどの、休憩は挟んでいたのか?」

「熱中症対策として体育祭の時期を秋から春に変更しているが、意味がないんじゃないか?」

また生徒達に対しても、コメントしている人がいる。

「最近の子供は弱くなったのか?」

これらのことは個人的にも、間違っていないと考える。

しかし学校や先生も、生徒一人一人の健康状態まで把握するのは困難です。

また熱中症というのは、突然なるものではありません。

屋外に限らず暑い環境に長時間滞在し、少しずつ状況が悪くなる。

そして結果として、「突然、体調不良になる」ものだと考えています。

今回、熱中症の症状が出た子供たちも、少なからず兆候は感じていたはず。

「それなのに、なぜ熱中症になったのか?」

そこから多くの人はこのように考えないでしょうか?

「なぜ早く言わない!!」

確かにこの考え方は正しいです。

早く訴えて休憩すれば、おそらく熱中症にはならなかったでしょう。

しかしこの「訴える」と言うのが、非常に難しいのです。

「なぜ?」と考えた人は、自分の意見をハッキリ言える人だと考えます。

しかし自分の意見を、なかなか言えない人がいます。

そういう人達に取って、「休ませて下さい」という言葉は非常に難しい。

そのため我慢をし、残念ながら結果が悪くなる。

例えば今回の報道を見ましても、学校から連絡があったのは昼を超えています。

これは私の予想ですが、「昼間まで頑張ったけど無理しすぎた」と考えている。

言葉は悪いですが、この子達に「サボりぐせ」があれば、このような結果にならなかったと考えています。

まとめ

先程「サボりぐせ」と書いたが、正確には「逃げることを知っていれば」となります。

学校だけに限らず現代の教育では、「頑張る」や「立ち向かう」が好まれます。

いじめなどから「逃げる」のも最近は言われますが、それでも最終手段という感じです。

しかし逃げるとは、最後の手段だろうか?

もっと積極的に逃げるのも、ありではないだろうか?

極端に言えば、「上手な逃げ方」を覚えるべきではないだろうか?

努力して頑張るのは大切です。

しかし無駄に努力して、何でも立ち向かうのは間違っている。

これは学校のことだけではない。

社会に出ても同じこと。

上手な逃げ方を知らないから、会社や眼の前の仕事にとらわれてしまう。

これからの教育に取って大切なのは、「立ち向かうべきものと、逃げる所を見極める方法」を教えることだと考えている。

またそれと同じぐらい、「逃げた人を非難しない考え方」を教えることを期待してます。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

今回の記事とは直接関係はありませんが、個人的には「体育祭はいらない」と考えています。

それについて下記のページに書いていますので、興味がありましたら。

→学校の運動会や体育祭なんかいらない!

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