「言ってることとやってることが違う」のはダメなのか?

今回は、「『言ってることとやってることが違う』のはダメなのか?」を考えてみる。

「そりゃダメだろ!」と言うのは簡単です。

しかし本当にそうでしょうか?

例外はないのでしょうか?

その点を細かく考えてみる。

これを考えるキッカケになったのが、寺山修司氏の「群れるな」という本になる。

群れるな―寺山修司 強く生きぬく言葉
寺山修司
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言行不一致

最初に寺山修司氏が書かれている言葉を紹介する。

「立派なことをいうが、あいつのしていることはいったい何だ」などという非難で、
本末を転倒してはならない。

ここで注目したいのが「立派なこと」という点だ。

自分にとって都合のいいことではない。

まず悪い場合を紹介しよう。

上司が、「俺は頑張らないけど、お前らは仕事頑張れ」と言って仕事途中に帰ったら、誰もが不満を持つだろう。

「責任を持って仕事しろ」と言いながら、自分は責任から逃げてたら論外だ。

このように自分の都合だけで話している場合はダメになる。

しかし、次の場合はどうだろうか?

正確な健康生活における知識を持つが、自分は不摂生な生活をしている医者は患者に健康を
語ってはいけないだろうか?

睡眠の大切さを訴えている科学者が徹夜で研究していたら、睡眠について語ってはいけない
だろうか?

いつも怒っている人が、優しくすることの重要さを語ってはいけないだろうか?

学生時代に勉強しなかったため、現在不遇な立場にいる親は、子供に勉強の大切さを語ってはいけないだろうか?

知ってるけど出来ていない人は、語る資格がないのだろうか?

個人的な意見を言えば、語る資格はある。

しかし、受け入れられにくいのも事実。

ここで分かりやすい例を挙げてみよう。

「いつも損ばかりしている株売買のスペシャリストの方法をあなたは聞きますか?」

おそらく多くの人が「いいえ」と答えるだろう。

しかし私は聞くべきだと考えます。

「失敗する方法を知ることは、成功への近道である」

と考えているからです。

正しい意見と同じぐらい、間違った意見は大切です。

重要なのは、それを見極める自分の知識です。

まとめ

多くの人が「何を言うか」より、「誰が言うか」を重視します。

素人よりプロの話を重視します。

失敗者より成功者の話を重視します。

しかし意識的に騙そうとしていない限り、それぞれが情報であることは間違いありません。

たまには、話の内容自体に価値を置くことも大切です。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。