トップは集合時間に必ず遅れて来るのがよい?

今回は「トップは集合時間に必ず遅れて来るのがよい?」について考えてみる。

この言葉はオリジナルではなく、映画監督の押井守氏が書かれている「ひとまず、信じない」という本から、多少アレンジして抜粋しています。

ひとまず、信じない - 情報氾濫時代の生き方 (中公新書ラクレ)
押井 守
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なぜ遅れてきた方がいいのか?

まず本にはどの様に書かれているかを紹介します。

押井氏が実写映画の現場を初めて経験した時、間宮庸介カメラマンから言われた言葉に
なります。

「集合時間や食事の時間に必ず遅れて来てほしい」。

最上位の立場である監督が時間通り、もしくは時間より早く来ると、他のメンバーはそれ以上に早く来て、準備が必要になり余裕が無くなる。

それよりは遅れてくれたほうが、現場が楽になるという発想だ。

これは現代的な発想ではないかもしれない。

今なら、「トップこそ見本にならないといけない」が主流ではないだろうか?

しかし昔のイメージでは、遅れてくるのが主流ではなかったか?

どちらが正しいかは正直分からない。

しかし「どちらが好きか?」と聞かれたら、迷わず「遅れる方」と答える。

文句を言えない、もしくは言いにくいトップが遅れることには意味がある。

ではどんな組織でも遅れるほうがいいかと言えば、それは違う。

ある条件によって、使い分ける必要がある。

それは「個人の能力が高いこと」及び「気を使う人の存在」になる。

個人の能力が高ければ、通常作業時にトップは必要ない。

そして気を使う人は、トップがいることで逆に力を出せないこともある。

そのような人が多くいる組織では、トップは必要な時にいるだけでいい。

そして遅れることが逆効果になるのが、反対の人が多い場合だ。

「個人の能力が低い」及び「気を使わない人」になる。

そのような人は監視しないとサボるだけ。

残念ながら間違いのない事実だろう。

まとめ

今回のことはトップに限らず、人を使う人全てに当てはまる。

どのように優れた人でも、全ての面で人より優れている訳ではない。

そのため相手の得意分野には、なるべく干渉しないほうがいい。

その人が働きやすいように、調整するだけで十分だ。

またトップが遅れることにより、もう一つ大きなメリットが生まれる。

それは、「人のミスを許す環境が生まれること」。

どのような人でも、遅刻することはあるだろう。

そんな時トップがキッチリしていると、大変な非難を浴びることになる。

しかしトップがだらしないと、「俺はいつも遅れている」と言うことにより、

誰も怒れなくなる。

これって結構、重要なこと。

ミスをしたくてしている人はいない。

そこを怒っても、何も解決しない。

必要なのは、ミスの回数を減らすこと。

その点の理解を間違ってはいけない。

その結果、働きやすい場所を求めて優秀な人が集まるだろう。

ミスを許された人は、努力して優秀になってくれるだろう。

「初めから強い組織は存在しない、結果として強い組織は出来ていく」

全てはトップ次第であることは間違いない。

もちろん出発時間に遅れたら、トップとはいえ大きな問題になるので注意が必要...

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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