栃木県足利市の女子高生が飛び降り自殺?の今後について考える

2018年5月11日午後9時前、足利大学附属高校で女子高生二人が血を流して倒れているのが発見された。

校舎の7階の窓が開いており、窓際に2足の靴があったことから、飛び降り自殺の可能性が考えられている。

元ネタはこちら

女子生徒2人飛び降り自殺か 校舎7階窓際に2足の靴

今回はこの件について考えていく。

ここに書いていくのは独自の調査をしているのではなく、あくまで記事から考えたことや、感じたことになる。

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感想と考察

今回の出来事についてですが、本当に痛ましい。

現在の所、自殺なのか事件なのかはっきりしませんが、未来ある若者が無くなったという一点において、非常に痛ましい。

そして家族はもちろん、関係者は「なぜ?」と考えると思います。

しかし個人的に、この出来事をどの程度まで深く掘り下げていくのが正しいのか、判断がつかないのが本音です。

多くの人が当然、「真実を調べるべき」と考えると思います。

しかし私自身の感覚もしくは感情から考えて、今回亡くなられた人の立場に立てば、「真実を知って欲しいだろうか?」という点に疑問を持っています。

もし「いじめ」なのを苦にした自殺なら、当然いじめた相手を特定する何かを残しているはずです。

しかし今回の記事から考えると、いじめは関係ないように感じています。

そして「もしいじめでは無い理由」とすれば、本人として知って欲しいでしょうか?

少なくとも私なら、知られたいとは思わない。

記事を読んでの気になる点

先程まで「真実を知るべきか?」を問いかけて来ましたが、もし調べる方向として非常に注視すべき点があります。

それは場所と時間の関係です。

場所と時間と状況の関係を改めて記してみます。

「夜9時の学校、校舎の7階の窓から、二人同時に飛び降り自殺した」

いろいろ疑問点が出ないでしょうか?

この生徒は、なぜ夜9時まで学校にいたのだろうか?

校舎の7階の窓が開いていたのは、どのような部屋だろうか?

部屋によっては電気が付いていたことが、非常に不自然ではないだろうか?

または懐中電灯などを利用して、その部屋に行ったのだろうか?

そもそも夜9時の7階の部屋に、簡単に入れるのだろうか?

そして自殺としたら、「なぜ学校」なのだろうか?

何かこう、大きな違和感を感じてしまう...

まとめ

今回いろいろ書いたが、これから細かい調査が始まるのは間違いない。

それでいろいろな隠れた真実が見つかると思うが、その情報が中途半端な状態で流れないように注意してもらいたい。

この手のニュースは長引けば長引くほど、亡くなられた方が悪く言われる傾向を持つ。

「何か言えないような秘密があったのでは?」と、要らぬ詮索が始まってしまう。

今回、遺書が無かったとしたら、あまり深く調べないほうがいいような気がする。

調べないといけないし、もし外的な原因があれば罰を与えないといけないのは分かっている。

それを踏まえても私が本人の立場なら、調べて欲しく無いように感じている。

もちろん、家族や関係者の考えを支持する方針です。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

→(続報)栃木で女子高生が飛び降り自殺?した窓の隙間について

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