大分県の中学校教諭が生徒の首を絞めて失神させた件について考える

2018年4月20日に大分県の教諭が、下校途中の生徒の首を絞めて失神させるという事実が判明した。

また22日に大分市教育委員会が謝罪した時、失神の事実を話さなかったため、「隠していた」という可能性も考えられる。

元ネタはこちら

→中学校教諭、生徒の首絞め失神させる 大分

今回はこの件について考えていく。

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記事は書き方によって印象が変わる

教育で「体罰」や「暴力」を行使するのは、100%反対です。

しかし一つの情報を持って全てを非難することも、少し違うように感じています。

そこからもう少し情報を集めたかったため、別の記事を調べてみました。

次のこの記事を見てください。

→首つかみ生徒失神説明せず 大分市教委、教諭指導中

どうでしょうか?

この二つを見比べた時、印象は変わらなかったでしょうか?

私はかなり大きく変わりました。

ここから個別に考えていきます。

生徒と先生の状況

一つ目の記事を見ると、一人の生徒が下校途中に止められて、指導を受けているイメージ。

そして突然、首を絞めて転倒させた上、失神させたイメージ。

二つ目の記事を見ると、五人の生徒に何度も指導したが聞いてもらえなかったため、行動を開始したところ、方法が間違ったイメージになる。

教諭の報告

一つ目の記事を見ると、教諭は失神の事実を隠していたが、目撃者から判明したイメージ。

二つ目の記事を見ると、教諭は報告もしているし適切な処置もしているイメージ。

教育委員会の報告

これは両方共、間違いなく知っていながら話していなかった。

「事実確認」とあるが教諭から報告は受けていたのだから、その事実は伝えるべきだった。

まとめ

今回の件ですが、教諭の行動が「適切か?」と聞かれたら、「不適切」と答えます。

そのため謝罪はもちろん、ある程度の罰則も必要になる。

しかし「故意」ではなく、「ミス」の部類ととらえています。

それなのに一つ目の記事の口コミでは「殺人未遂だ!」とか、「懲戒解雇だ!」と物騒な言葉が並んでいます。

二つ目の記事には口コミが無いため分からないですが、こちらを読んだ人ならおそらく「殺人未遂」などの物騒な言葉は出ないと考えます。

そして何が怖いかと言えば、二つとも同じ内容を書いていることです。

書いている部分だけを見れば、それほど差はありません。

何が違うかと言えば、「書いていない部分」です。

表現するか、しないかでこれほど印象が変わる事実です。

ここから二つのことが考えられます。

記事を書く人は、これほど印象が変わるのだから、正確な内容を出来るだけ書かなければいけない。

記事を読む人は、「書かれていな何かはないか?」を常に意識しないといけない。

情報の独り歩きによる、非難や批判の集中ほど恐ろしいものはない...

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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