「世間はこの問題をどう思っているのか?」を気にしすぎる件について

人は何かの出来事や事件が起こった時、何を考えるだろうか?

もちろん自分の考えがある。

しかしそれだけだろうか?

多くの人は、「みんなはどのように考えているのか?」を気にしないか。

これを考えるキッカケになったのは、中村文則さんの「R帝国」という本を読んだからだ。

全文は次になる。

「どの意見が本当か。世間はこの問題をどう思ってるのか。
恣意的な炎上と防止で国民は混乱した。
他者がどう思っているのか、気になってならなかった」

今回はこの件について考えてみる。

R帝国

R帝国

posted with amazlet at 18.04.18
中村 文則
中央公論新社
売り上げランキング: 23,597

感想と考察

現代では何かの出来事や事件が起こった時、ありとあらゆる媒体から情報が流れてくる。

テレビ、ラジオ、新聞、ネット、会話などが主になる。

しかしもそれはリアルタイムや、毎日のように押し寄せてくる。

全てが同じだと分かりやすいのだが、少し視点を変えるだけで全然違うものになる。

また自分と同じ考えならいいのだが、もちろん違う考えも多い。

プロが発信しているもの、ブログなどの素人が書いているものといろいろある。

また自分がどこに所属しているかで、明らかに誘導している記事も多い。

もちろんプロが正しく、素人が間違っているわけでもない。

それぞれ言っていることが正しくても、結論が同じとは限らない。

本人でなければ記事を書いている人も、全ての事実を知っている訳ではない。

知っている事実と予測から、記事にしているに過ぎない。

「情報とは常に不確定なものである」

しかし世間の意見という感じで、「おそらくこれが正しい」という主張がある。

一度この流れが出来てしまうと、「それが正しい」になってしまう。

たとえ自分の意見が正しくても、その正しさと違えば人から非難される。

言い方を変えれば、人から非難されないためには本当の正しさよりも、「みんなが考えている正しさ」を信じるフリをすればいい。

その結果、後日に間違いが判明しても自分が非難されることはない。

「あの情報を信じたのが間違いだった」と言えば、簡単に責任転換できる。

これは個人だけに限らず、マスコミなどのプロも同様になる。

「正しさとは作ることが出来る」

まとめ

また本書には次の言葉も載っている。

「世界の出来事に偶然はない」

全ての出来事には誰かの意図が入っている。

それは良いこともあれば、悪いこともある。

場合によれば善意で広めたことが、悪意に加担している可能性もある。

そして推進する人も妨害する人も、あらゆることに存在する。

偶然に起こったように見えても、見せているだけに過ぎない。

特に情報などは典型的な物になる。

「あらゆる情報は信じる前に疑う気持ちが必要となる」

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

→「事実?そんなものに何の意味がある?」という怖い現実について

→中村文則インデックス

スポンサーリンク
wp_336x280R
wp_336x280R
関連記事&スポンサーリンク

関連記事&スポンサーリンク