フラリーマンは許せないのか?について考えてみた

今回は「フラリーマンは許せないのか?」について考えてみる。

フラリーマンとは、仕事が終わっても家に帰らずフラフラしている人のこと。

気分転換などで、書店やゲームセンター等に寄っているみたいです。

まず独身者は関係ないですね。

全くの自由ですから。

問題は家族持ち。

特に小さな子供を持つ家庭であろう。

ただ、この言葉には違和感がある。

なぜ、「フラリーマン」なのだろうか?

もちろん気になるのは「マン」の部分だ。

「フラフラしている=夫」という図式は正しいのか?

逆の立場もあると思うのだが、そちらは無視されている。

また不満を聞くのも妻ばかりだ。

男女平等と言いながら、メディアがそのように考えていない。

言ってることと、やってることが違う典型だろう。

ただここでは趣旨が違うため、この点についての指摘はここまでにしておく。

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フラフラは悪いかの?

結論から言えば、フラフラするのは大切だと思う。

仕事ばかりでは疲れてしまう。

家に帰った時、小言ばかり言われても疲れてしまう。

どんな人にも一人になりたい時があるだろう。

そして大切なのは、本当に一人になることではなく、多くの人がいる中で一人の自分でいる
ことが大切だと考えている。

世の中には、誰かと一緒にいないと不安になる人がいる。

逆に世の中には、誰かと一緒にいると疲れる人がいる。

それでも本当に一人になりたい訳ではない。

このへんの微妙なところは分かってもらえるだろうか?

「理解しろ」とは言わないが、寛容であって欲しいです。

不満の方向性について

この手の話題が持ち上がる時に不思議なことがある。

なぜ不満を持つ側は、「相手の行動を止めさせよう」とするのか?

まず気分的には、「うらやましい」というのが本音だろう。

その結果、相手ばかり自由にするのが「許せない」となる。

なぜ行動をマイナスにするのだろう?

「私も一人でフラフラする」

と相手に要求するのが正しいのではないか?

それでも相手が子供の相手をする義務を果たさない時に、初めて止めさせればいい。

「フラフラしていいけど、私の時間を確保して」

このような発想になって欲しい。

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ただ世の中には権利ばかりを主張して、義務を果たさない人が多い。

残念ながら夫がそのような人であり、苦労している人も多いのだろう。

「結婚=幸せ」の図式をアピールしておきながら、このようなニュースを見る機会は多い。

独身の私には、結婚している人の本心がどちらにあるかが分からない...

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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