正解だけではなく間違いを知る重要性について考える

人は正解だけを知ろうとする。

しかし正解と同じぐらい、間違いを知ることは重要である。

今回はその件について考えていく。

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なぜ間違いを知ることが必要なのか?

多くの人が分からないことを質問する時、このように聞いてくる。

「どうすればいいですか?」

そう聞かれた人は、自分が知っている正解を答える。

しかしその結果、どうなるだろうか?

また同じように聞かれるだけで、際限が無いことが多いのでは?

なぜこの人たちは質問ばかりしてくるのだろうか?

それは正解では無い時の対応方法を、知らないせいだと考えている。

簡単に言えば、「間違い慣れていない」

そして間違いは「無意味」だと考えてしまう。

しかし間違いには意味がある。

それは正解を導き出すための範囲を減らす効果がある。

漠然とした物から、無駄なものを取り除いていく作業が間違いを知ることなのです。

間違いを知ることの便利さについて

次に間違いを知っていることの便利さについて考えてみる。

これの一番分かりやすいのが、パソコンの操作では無いだろうか。

誰かが失敗や分からない状況になり、質問してきたとする。

成功しか知らなければ、一から解決しないと行けない。

しかし多くの分からないことや間違いは、自分自身も経験していることが多い。

そのため過去の経験からすぐに状況を把握でき、対策も取ることが出来る。

料理や職人仕事も同じである。

プロと呼ばれる人は正解と言われることを実行している。

しかしそれは膨大な失敗の積み重ねから、正解にたどり着いている。

もし成功だけ知っていて失敗を知らなければ、とてもプロとは言えない。

その対応能力の違いが、ロボットとの最大の違いになる。

指導方法について

教育や人に何かを教えることについて考えてみる。

例えば、後輩が間違った作業をしているのを見つけた時、多くの人がすぐ指摘してしまう。

「それ間違ってるから、このようにした方がいいよ」

これって一見やさしい先輩だが、これによって成長する機会を潰していると考えている。

次のようにするのが成長するために必要となる。

まず間違いをしているのを見つけても指摘しない。

そして間違いは間違いのまま継続させる。

そして本人が間違いに気づいた時、その理由と改善方法を考えさせる。

その結果、分からない点があれば教えたり、また別の方法があることを指摘する。

なにより「こうしなさい!」という、正解は教えない。

もちろんこれにより納期が遅れたり、相手先に迷惑がかかるようなら途中で方針を変更する。

逆に時間が取れるなら、可能な限り多くの間違いをさせていく。

ただ残念なことに、この教育方針は後輩に対して評判が悪い。

「なぜ正解を教えてくれないのか!」と言われることが多い。

その時には今の説明をするのだが、納得してくれることは少ない。

そこからあくまで相手のためであり、相手から感謝されることを期待してはいけない。

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まとめ

この考えは学校教育にも、当てはめて行くことが可能になる。

学校教育とは、基本的に正解のオンパレードである。

正しい読み書き、計算、知識を詰め込んで行くだけ。

しかしそれではテストで良い点数を取るためだけの勉強であり、人としてレベルアップするための勉強ではない。

本来教育で必要なことは、考える方法を知ることである。

どうすれば読み書きを効率的に覚えることが出来るか?

どうすれば計算を早く、正確に出来るか?

どうすれば知識を有効的に使えるのか?

これを知ることこそが教育の目的では無いだろうか?

それにより未知の分野に進んだ時、どのようにすれば達成できるかを知ることが出来る。

このように考えれば、次の質問に答えることが出来る。

「なぜ勉強しないといけないのか?」

この質問に答えることが出来る親は少ないが、私は次のように答えている。

「勉強する方法を知るため」

勉強という作業をしなければ、勉強する方法など分かるはずがない。

会社に限らず仕事をするには勉強が必要になる。

そのための練習をしているに過ぎない。

科目などは題材がなければ勉強できないため、参考までに使っているにだけである。

テストの点数が悪いのも、勉強方法が間違っているのも、将来を考えればプラスになる。

回り道しているようだが、回り道をしている分、多くの知識を吸収している。

無理に最短距離を進ませてはいけない。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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