「一度知覚した違和感から逃げることなど、きっと無理なのだ!」が名言なので紹介する

2018年春アニメとして始まった「カリギュラ」の1話に名言があったので紹介する。

↓公式ホームページはこちらより

全文は次になる。

「アリストテレスは記していた。知覚することは苦しむことだと。
今までこの当たり前に平穏な毎日に疑問など無かった。
いや違う、疑問を持つことを心のどこかで避けていた。
それはつまり、気づかぬフリを演じてるだけ」

「一度知覚した違和感から逃げることなど、きっと無理なのだ!」

主人公の式島律が、日常に違和感を感じている時に考えた言葉だ。

この時の状況など、いろいろ考えていく。

状況の説明

まず1話の段階では、本作がどのようなストーリーかは分からない。

主人公の式島律(しきしまりつ、男)は、最近の日常に違和感を抱いていた。

あれほど順調だった毎日に、少しずつだがズレを感じていた。

好きなアイドルである「μ(ミュー)」の歌を聞いていた時の不思議なノイズ。

その疑問を友達に聞いた時、その友達が取った不思議な行動。

学校で起こった、違和感のあるケンカ風景。

そして在校生の卒業式への出席。

その全てに違和感を感じるのだが、その違和感に気付きたくないと感じている自分がいる。

そんな時に考えたのが今回の名言となる。

感想と考察

アリストテレスの引用として、「知覚することは苦しむこと」とある。

本来、知ることは好ましいことでは?

例えば、次の場合は好ましいだろうか?

相手と仲良く話している。

しかし内心では、相手は下らないと感じている。

しかし相手はそれを隠している。

その時、相手の本心を知ることは好ましいだろうか?

この結論を書く前に、自分も相手と同じ感情を持ちながら、同じ行動をすることはないだろうか?

それを思いだすと、下らないと感じることと相手を不快に思うことは、必ずしもイコールではないと判断出来るはず。

しかしその相手の感情を知ったとしたら苦しむだろう。

そこからやはり、知りすぎることは不幸の始まりかもしれない。

まとめ

また知ることをもう少し深く考えると、状況に対する認識がある。

テストで50点を取った場合はどうだろうか?

知っている人は「50点しか取れなかった」と悩んでしまう。

逆に知らない人は「50点を取ることが出来た」と喜ぶだろう。

また「半分も知らなかった」と考えるか、それとも「こんなにも知っていた」と考えるのでは、悩みの状態が変わってしまう。

同じ状況なのに、悩む人と悩まない人がいる。

どちらが幸せであり、また好ましいかは分からない。

しかし本人にとっての精神衛生上は、知らないほうが好ましいのである。

最後にこの作品は謎めいたところが多い。

今後の展開に期待したい作品だ。

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最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

→「やるべきことだ!」が名言なので紹介する

→カリギュラ インデックス

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