学校の勉強が社会で役に立たないと聞いてくる子供に話すべきこと

「学校の勉強はなぜするの?」
「学校の勉強なんて社会に出たら役に立たない」

このように聞いてくる子供はたくさんいる。
それに対して、ほとんどの大人は答えることが出来ない。

今回はその時に話すべきことを考えてみる。

学校の勉強の現実

まず子供たちが疑問に感じるのは、学校で勉強したことが実際に社会に出た時に役立つように思えないこと。

数学の足し算引き算は必要でも、方程式なんて使う機会が無いことを知っている。
物理の実験にしても、特別な仕事につかない限りは使うことはない。
歴史にしても、正式な年号を覚えることに意味があるのか?

それに対する現実は決まっている。
「使うことは無い」もしくは「ほとんどの人は使わない」という事実である。

多くの大人が間違ってるのは、子供たちが言っているのは事実であり、正しい問いかけという認識である。

学校の勉強は役に立たない?

先程、学校で勉強したことは社会に出た時に使わないと書いてきた。
しかし「使わない」と「役に立たない」は同じではない。

多くの大人たちは、この違いを理解していない。

使わないとは、使えるけど使わないこと。
役にたたないとは、無意味であること。もしくは使えないこと。

「使わない」と「使えない」の差が大きいことは、言うまでもないだろう。

学校の勉強とは?

改めて学校の勉強が役に立つかと言えば、そのままでは役に立ちません。
しかしその初歩は知ることが出来ます。

国語を知らなければ、読み書きが出来ないかもしれません。実際に読み書きが出来ない子供は、世界にはたくさんいます。

数学を知らなければ、数字を考えることは出来ません。方程式や微分積分などを使うという発想も生まれません。

歴史を知らなければ、自分が何者かも知ることが出来ません。日本や世界を知らずして、他国の人と話すことは出来ないでしょう。

学校での勉強は役に立つか立たないかではなく、まず知るためにしているのです。

子供に話すべき勉強の必要性とは?

ここからは子供に話すべきことを考えていきます。

私はこの質問を受けた時、次のように答えています。
「考え方を知るために勉強が必要になる」

子供にとって大切なのは「答え」ではなく、「考え方」になります。
「1+1=2」という答えを知ることではなく、「なぜ1+1=2になるのか?」を知ることが大切になります。
そうでなければ、「2+2=4」という答えを自力で見つけることが出来ません。

数学の方程式は、社会では役に立たないかもしれない。
しかし方程式を解くような考え方は、社会では役に立つことがある。

物理の実験は、社会では役に立たないかもしれない。
しかし実験の結果から生まれる変化を知る発想は、社会で役に立つことがある。

歴史の年号を覚えることは、社会では役に立たないかもしれない。
しかしその時に起こった出来事を知ることは、社会で役に立つことがある。

学校での科目とは、そのサンプルを提供しているに過ぎない。

このように学校で勉強するとは考え方を知ることであって、テストで良い点を取ることや答えを知ることだけが目的ではないのです。

まとめ

ここまでに勉強の大切さは、考え方を知ることと書いてきました。
しかし勉強にはもう一つ役に立つことがあります。

それは勉強が出来ると、いろいろな特典が付くことです。
やはりいい大学を出ていると、人の見方は変わってきます。

辻村深月さんの「かがみの孤城」という本に、次の言葉が書かれています。
「勉強は一番ローリスクなことかもしれない」

→「勉強は一番ローリスクなことかもしれない」(管理人の別サイトへ)

この言葉については管理人の別サイトに書いているので省略するが、何も目標が無ければ、とりあえず勉強するのも一つの選択となる。

最後に改めて書いておくが、勉強で大切なのは考え方を知ること。
テストで良い点数を取ることは、現在の結果を知るだけに過ぎない。

ただ学校の勉強が出来ると、社会的な可能性が広がるのも事実となる。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。