日本人に効率化は似合わない点を考えてみる

「日本人に効率化は似合わない!」

このように書けば驚く人や反論する人がいるかもしれない。「日本人こそ効率化が得意である」と主張するかもしれない。

ただ勘違いして欲しくないのは、私は「日本人は効率化が苦手である、または不得手である」と書いているわけではない。あくまで「似合わない」と書いている。
この点について考えていく。

スポンサーリンク

効率化とは?

まず効率化だが、これには2つのパターンがあると考えている。
1つは、システムや機械を最適化し、人をそれに合わせる方法。
もう1つは、人の動きを最適化し、それに合わせてシステムや機械を合わせる方法になる。

現代は違うかもしれないが、イメージとしては前者は欧米方式になる。
ベルトコンベアーなどを筆頭に、機械側を最適化する。それに必要な人を割り当てていく。そため主は機械であり、人は従となる。

これを必ずしも悪いと言っている訳ではない。人を物の様に効率だけを考えることが出来るため、結果は最大の物が得られる可能性が高い。そして人に特殊性が必要ないため、人材の確保も行いやすい。

ただこれでは働いている人が報われないのは間違いない。
この効率化が日本人に似合うとは思えない。

ではどのような方法が日本人に似合うのだろうか?
それは初めに書いた2つ目に当たる、「人→機械」の流れによる効率化ではないだろうか?

効率化や改善と言えば、やはり「トヨタ」をイメージする。そしてここでの改善は人が提案し、そして機械を変えていく。あくまで人が主であり、機械は従に過ぎない。

ここには働く人の考えがあり、当然その人達には付加価値が生まれる。
こうなれば働く人が報われていく。これこそ日本人に似合うのではないだろうか?

スポンサーリンク

そもそも日本人は、人を物のように扱うのが苦手である。

勘違いしてはいけないのは、人を物の様に扱うとは最大限の効率化を目指さないと行けない。それなのにブラック企業を見れば分かるが、効率化も何もなくすりつぶしているだけである。これを苦手と言わずして、何を苦手と言うのだろうか?

また働く人もトップダウンになると、「聞いとけばいい」と考えてしまうのが日本人の悪い所となる。そのため指示はしても、あくまで目指すのは「ボトムアップ」である。

日本復活の鍵は、人をベースにした発想による効率化にある。これは他の国が真似をしようとしても出来ないことでもある。
もちろんこの対象になるのは日本人だけでなく、「日本式」を理解してくれる全ての人であることは言うまでも無いでしょう。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

スポンサーリンク
wp_336x280R
wp_336x280R
関連記事&スポンサーリンク

関連記事&スポンサーリンク


スポンサーリンク
wp_336x280R