競馬場にギャンブル依存症の人が入れなくなる件について考える

日本中央競馬会(JRA)がギャンブル依存症対策として、競馬場への入場を禁止する方針を発表した。

家族が顔写真を提供すれば、入口及び内部で発見次第に声をかける方法になる。

時期は今秋の実施を目指している。

また競輪やオートレースなどとも連携を予定している。

元ネタはこちら

→「競馬場、依存症なら入れません…患者の写真配布」へ

今回はこの件について考えていく。

感想と考察

まず個人的な結論を書いておく。

「全くの無意味である!」

個人的にギャンブル依存症の、具体的なことは知らない。

またどのレベルから、ギャンブル依存症なのかも分からない。

しかし分かることがある。

「禁止しても効果はない!」

また指紋認証でもするならともかく、顔写真だけで判断が着くはずがない。

メガネを掛けたり、また外すだけで、人のイメージは変わる。

まして他人であり、大勢の中の一人である。

「分かるはずがない...」

また分かったとしても、法律ではないのだから強制力はない。

相手がゴネたら入ることを拒否出来るのだろうか?

「相手は病人である」

理屈が通るとは思えない...

また競馬場に入れなくても馬券は購入できる。

場外馬券場にも入場を禁止するとあるが、場外馬券場には明確なゲートはない。

その中から判断するために、どれほどの人員が必要なのだろか?

しかもその人員は、売上にとってマイナスの作業である。

力を入れるはずがない。

また現在ではネットでも簡単に購入できる。

自分では禁止されても、人に依頼すればいいだけだ。

最悪、違法なことに手を出しかねない。

そこまでするから、「依存症」である。

ただ、JRAの考え方は正しい。

しかしそれはパフォーマンスであり、決してギャンブル依存症対策ではない!

ただこんなパフォーマンスを、しなければ行けない立場には同情を感じる。

「まず規制ありきの考え方」

これでは何も解決出来ない。

まとめ

改めて書くが、ギャンブル依存症は病気である。

「ギャンブルはダメ」と禁止しても、止めることが出来ないから「依存症」である。

それはまるで、「かぜをひいてはダメ」と言っているのと変わらない。

そのため禁止ではなく、治療こそが大切である。

この理論で考えるとJRAがすべきなのは、馬券を買わせないことではない。

そんなマイナスなことに、お金を掛けても仕方がない。

それなら依存症の治療を行っている施設への寄付をするべきだろう。

残念ながら全体を改善しようとすると、少しも改善しないことになる。

それなら少数でも助けることが、未来のためである。

その結果、競馬を含めたギャンブルが正常化に近づく。

決して、完璧を求めては行けない。

少しの改善の積み重ねこそが大切である。

競馬がこれからも健全であることを望んでいる。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。