神戸・92歳の母親を69歳の娘が介護疲れで殺害した事件を考える

2018年8月12日午後1時ごろ、神戸市東灘区の自宅で、92歳の母親を69歳の娘が殺害する事件が発生した。

娘は自ら110番し、「介護で疲れた」と供述している。

元ネタはこちら

→(神戸)「介護に疲れた」母の口ふさぎ死なせる 娘逮捕

→(朝日)92歳母親を殺害容疑、娘を逮捕 「介護に疲れた」供述

今回はこの件について考えていきます。

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事件の状況確認

ここでは事件の状況確認として、神戸新聞の記事を抜粋します。
在宅で介護していた母親の口をふさいで死なせたとして、兵庫県警東灘署は13日、殺人の疑いで、神戸市東灘区、無職の女(69)を逮捕した。
逮捕容疑は12日午後1時ごろ、自宅寝室のベッドで寝ていた母親(92)の鼻と口を手でふさいで息をできなくさせ、殺害した疑い。同署の調べに「介護で疲れた」と供述しているという。
同署によると、女は、寝たきりで介護が必要だった母とマンションの一室で2人暮らし。「母親を殺した」と自ら110番し、同署員が駆けつけたところ、ベッドで意識がない女性を発見。病院に搬送され、死亡が確認された。

朝日新聞の記事より不足している分を追加していきます。
容疑者は自分の手首などを切って死のうとしたが、死ねなかったと供述している。
被害女性は病気で入院していたが今月初めに退院し、寝たきり状態だったとのこと。

感想と考察

今回の事件ですが、「まったくやりきれない」という思いしか浮かびません。

寝たきりだろうが、介護が必要だろうが、高齢の母親を殺害することは許されません。
確かに法律的には間違いないですが、どうしても非難する気持ちになれないのが本音です。

綺麗事としては確かにいろいろな選択肢がありました。私自身でもいろいろな考えが浮かびます。しかし相手はもちろん、自分すら納得させるほどの方法は見つからない...

本来、母親が生きていることは好ましいことです。しかし残念ながら、今回の場合は生きているために娘が犯罪者になると言う、皮肉な結果になりました。
もし寿命などで先に亡くなっていれば、娘は犯罪者になることもなく、また自殺も考える必要はありませんでした。

これからは高齢化社会になりますが、もちろん自分のことは自分で出来るような状態なら、それは何の問題もありません。問題は介護が必要になった場合です。

そして今後は今回のように、高齢者が高齢者を介護する場面も多くなるでしょう。それでも未来が見えているのならいいです。しかし今回の場合は、未来が見えなかったのでしょう。

これを支えるのは本当に難しい。「国や地域が」というのは簡単だが、それを支える若者が疲弊していくのは目に見えている。

何か根本的な何かが必要なのだが、今のところは何も見えていない...

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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