岩手県大槌町旧役場庁舎の解体の賛否について考えてみる

岩手県大槌町にある旧役場庁舎の解体について意見が分かれている。

この庁舎では東日本大震災により、多くの人が犠牲になっている。

それにより町民などは、それぞれの主張を繰り広げている。

この件について、いろいろ考えていく。

元ネタはこちら

→「<岩手・大槌旧庁舎>町長、解体方針を堅持 町民に説明」へ

感想と考察

まず最初に、個人的な意見を書いておく。

「当初の予定通り、解体するべき」

その最大の理由は、残しても未来の対策には役に立たないからです。

記事を見ると反対派の人は、もっともらしいことを言っている。

「震災対応の再検証が不十分」

「子孫が再び被害に遭ったらわれわれの責任だ」

「私たちには伝えるという大事な役割があると知った」

まるでこの庁舎が解体されれば震災の記憶が無くなる、と訴えているようだ。

私として逆に聞きたい。

「旧庁舎が残れば、未来の災害は防げるのか?」

もちろん災害はいつ起こるか分からない。

極端に言えば、明日起こる可能性もゼロではない。

しかし今までの周期で考えれば、最低でも100年以上先だろう。

その時まで庁舎が残っているとは思えない。

そこで先程の反対派の意見について、反論してみる。

「旧庁舎の何をこれ以上、検証するのですか?」

「子孫が旧庁舎を壊したことにより、この時代の人の責任だと思う訳がない」

「いつ壊れるかも分からない旧庁舎より、文献などで正確な情報を未来に

伝えることの方がよっぽど大切」

「またもう少しなど、あいまいなことで何でも先延ばしにするのは意味がない」

このように自分たちの感傷を満たすために、もっともらしい事を言っているように感じる。

また解体を主張している人のコメントもおかしい。

「役場がもっと危機感を持っていれば多くの命を救えたはず」

家族を亡くした人の意見なので、言いたい気持ちは分かる。

しかし、少し厳しいが聞きたい事がある。

「危機感を持って対応していれば、町民は対応したのですか?」

正直、あの時期に震災が来ることは誰にも予想出来なかった。

可能性は知っていても、日本の全員が「まさか」というレベルの出来事だ。

おそらく町民はもちろん、そこに私がいても意見を聞かなかっただろう。

「心配しすぎ」とか言って、バカにしているかもしれない。

それなのに役場の人を非難するなんて、自分には出来ない...

まとめ

極端な意見を言えば、再び被害を出さない方法は、津波の可能性があるエリアを立ち入り禁止にすることである。

住居はもちろん、車を含む全ての通行を止めるしか無い。

もちろん、そんなことは出来ない。

そして誰も認めないだろう。

そこから東日本大震災の記憶は、具体的な対策に活用すべきことである。

まして旧庁舎を残すなど、犠牲に合われた関係者の気持ちを考えてもあり得ない。

いつか分からない未来の人より、今の人を優先で考えたい。

ただ解体するとしても、何らかの形は残したい。

大きや形にこだわらなくても、追悼の意味も込めて何かを残すのは賛成です。

解体してゼロの状態にするだけでは、あまりにも配慮がなさすぎる。

ただ個人的に願うことは、再び犠牲者が出ないことだけです。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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