佐賀県で自衛隊ヘリが墜落し、被害者が非難されている件を考える

佐賀県神埼市で自衛隊のヘリが墜落し、乗員二人が死亡。

墜落した家にいた女児も軽傷を負った。

その件について負傷した女児の父親が、「許せないですよね」とコメント。

そのコメントにツイッター上で非難の投稿が溢れることになった。

この件について考えることを書いていく。

元ネタはこちら

→「<ヘリ墜落事故>被害者に暴言、想像力欠き冷酷」へ

感想と考察

まずツイッターにおける非難について、結論を先に書いておく。

「非難するなんてあり得ない!」

確かに自衛官二人が亡くなったことに関しては、ご冥福をお祈り致します。

出来る限りの努力をしたが、不可抗力の後の墜落も理解します。

しかしそれと、家に墜落されたのは別のこと。

非難する人に聞きたい。

「自分が同じ目に合っても、普通に許せますか?」

この家族は、これから住む所に困ります。

思い出の品が、焼失しているでしょう。

何より娘がケガをしています。

そのケガが軽傷だからといって許せるのなら、むしろおかしいです。

また極論を書きますと、加害者側は自己責任です。

被害者側は、不可抗力です。

あらゆる理由が合っても尊重されるのは、被害者側であるべきです。

それを「許せない」とコメントしたぐらいで非難するなんて、「何か」どころか「完全」に
間違っている。

この記事の問題点

先程まで書いたように、被害者を非難することを取り上げている点に付いては、この記事を
支持します。

ただこの記事には、ある一定の違和感を感じます。

それは、「この記事を利用して沖縄米軍に絡めていること」。

このニュースはあくまで事実だけ書くと、ヘリコプターが民家に落下。

乗組員二人が死亡、女児が軽傷を負ったのみとなる。

「なぜそこに米軍を絡めてくる?」

ヘリコプターなら取材記者も飛ばしている。

それが落ちることは想定していないのか?

また民家や店舗に、車が間違って突っ込む事故は多発している。

歩道に車が侵入する事故も多数ある。

あくまで、今回の事故はその一つに過ぎない。

確かにインパクトはあるが、確率としては車のほうが事故率は高い。

まして国会の答弁など、バイアスを感じずにはいられない...

まとめ

改めて本題に戻るが、被害者を非難する風潮が嫌いだ。

度を過ぎると、確かに嫌悪感を感じることはある。

しかし今回は度を超すどころか、ごくごく普通のこと。

むしろ、「許せるなくて当たり前」と感じている。

だた第三者として、亡くなった自衛官の方を責めることは出来ない点は付け加えておく。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

スポンサーリンク
wp_336x280R
wp_336x280R
関連記事&スポンサーリンク

関連記事&スポンサーリンク