国会の質問時間を1分余らせて何が悪いの?

今回は自民党の堀内詔子氏が国会の質問時間を1分余らせた件について考えてみる。

野党からは質問時間の配分にも関わらず、余らせるなんて問題があるとしてヤジを飛ばした
みたい。

元ネタはこちら

→「<自民・堀内氏>質問時間「返上」で野党やじ 1分余らせる」

正直、ツッコミどころがありすぎて、何から書いたらいいか迷うレベル。

とりあえず、一つずつ考えていく。

1分余らせるのは問題?

まず1分余らせることが問題かについて考えてみる。

結論としては、まったく問題がない。

もし2分の質問時間なら、半分余らせたことになる。

それなら問題があるかもしれない。

しかし質問時間は45分。

そのうちの最後の1分が余っただけ。

答弁に問題が出ることを予想したら、完全に誤差の範囲。

むしろ時間内に質問を終わらせたことを誉めてもいいだろう。

なによりヤジにより、国会運営が一時的に止まったはず。

またこんなくだらないことがニュースになって、世間を騒がせている。

そちらのほうが、よっぽど問題がある。

ヤジについて

野党のヤジについて、これの目的は何であろうか?

勘違いであって欲しいが、ヤジに価値があるとでも考えているのだろうか?

誰かがヤジをしたら、周りに笑いや同調が起こる。

しかしこの笑いは楽しい笑いではなく、苦笑からくるバカにした笑い。

もちろんこのバカにした笑いの矛先が、どちらに向くかは書くまでもないだろう。

ただヤジにはもう一種類ある。

それは周りを楽しくし、言われた方も心から受け取ることが出来るヤジだ。

ちょっとでもユーモアを利かすヤジは出来ないのだろうか?

そうすれば、言った人の評価は間違いなく上がる。

そこに与党野党は関係ない。

間違いなく国民は、「面白くて頼りになる人」として見るだろう。

「自分で道化を演じれる人は頭が良い」は人々の常識である。

質問内容に対するコメントについて

質問後に記者会見で立憲民主党の辻本清美氏が次のように批判しているので、

記事を抜粋して紹介する。

「どんなすごい質問が出るかと期待していたががっかりした。台本がある学芸会のよう
だった。予算委は『これから頑張ります』とかの決意表明や自己アピールの場ではない」

この批判は少しおかしい。

国会の質問は「すごい質問」をする場ではない。

必要なことを確認し、調整し、そして決定するところ。

誰もが納得できる案件なら、確認だけでOKだ。

また言ってる本人は、どれほどすごい質問をしたのだろうか?

私個人として、「内容の伴ったすごい質問」を聞いたことは無いのだが...

まとめ

今回のことを実際に見ていた場合、多くの人は何も思わないだろう。

「予定より、ほんの少し早く終わった」

正直これ以外、何の感想も起きない。

内容さえ伴っていれば、次の人への移行を考慮して、少し早く終わるのはむしろ好ましいと
感じる。

本当に野党は政権を取る気があるのだろうか?

こんなアピールをしても国民を呆れさすだけ。

本当に分からないのだろうか?

それとも与党を取ると大変だから、適当に野党を続けたいのだろうか?

それならむしろ納得出来る。

最後にこれを望んでいるなら、結構な策士だ。

「このようなバカなことをして、国民の目線を政治から離したい」

「そうすれば自民党と裏で手を組み、国を自由に出来る」

そうで無いことを願いたい...

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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