米国人が解放されるのと日本人拉致被害者の解放はレベルが違う件について

2018年5月10日未明、北朝鮮にスパイ容疑で拘束されていた米国人3人が開放され、無事アメリカ本国に帰国した。

これにより日本の拉致被害者の解放についても、期待が持てる展開になる?

元ネタはこちら

→解放の3米国人がワシントン近郊に到着 トランプ大統領が出迎え

今回はこの件について考えていく。

感想と考察

まず北朝鮮で拘束されていたアメリカ人が、解放されたのは好ましい出来事だ。

北朝鮮が友好的といえる行動をしているのも、好ましい流れと考える。

ただ今回の件と日本人の拉致被害者問題を、同列に扱うとおかしなことになる。

多少似ているだけで、全く別問題だ。

今回の拘束は2015年と最近であり、北朝鮮国内での出来事である。

分かりやすく言えば、北朝鮮が拘束したのは「公然の事実」

それに対して日本人の拉致被害者はどうだろうか?

まず年数的に比較出来ないほど昔の出来事であり、拉致したのは日本国内での出来事。

そのためこの点が一番問題なのだが、日本人を拉致したのは「公然の事実とは異なる」

以前に解放された人がいるので高確率で事実だが、相手を論破出来るほどの証拠は無い。

また単純に北朝鮮が「知らない」と言ってしまえば、日本としては手の出しようがない。

少なくとも「拉致」としたら、国際的にも違法な行為になる。

その違法な行為に対して解放されるのは「当たり前」であり、「歓迎」という表現ではない。

むしろ解放されるということは、相手は「自分の非」を正式に認めることであり、これは相手にとって大変なことになる。

拉致問題というのは北朝鮮にとって「手札」ではなく、「弱点」になっている。

まとめ

先程までに書いてきたが、今回のアメリカ人の解放と日本人の拉致は別レベルの問題。

今回の件により、日本政府の行動を非難するのは、北朝鮮を利することはあっても、日本として得になることはない。

拉致被害者の解放は日本の悲願ではあるが、北朝鮮にとっては触れられたくないこと。

そのため優しく友好的な態度では、何一つ進展しない。

また解放に対して日本が歓迎ムードになることは、誘拐犯に対して解放してくれたから素晴らしいと言うのと同じこと。

相手が無条件で許しを求めてきたら許すことも必要だが、相手がこれに対して要求をしてくるようなら絶対に飲んではいけない。

この当たり前の駆け引きが出来るかについて、政治家と国民に期待する。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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