奈良県宇陀市議会から議員が村八分にされた問題について考える

奈良県宇陀市の市議会にて、勝井太郎市議に対する激しい反発が発生した。

市の公共事業に対する状況に対して、問題をフェイスブックにアップしたことに原因があると考えれる。

元ネタはこちら

→「アンタ、最後は潰されるよ」ーー奈良県宇陀市議会で“村八分”にされた議員はまるで冤罪被害者?

今回はこの件について考えていく。

ここに書いていくのは独自の調査をしているのではなく、あくまでニュースから考えたことや、感じたことになる。

感想と考察

最初にこの記事に対する感想を書いておく。

「こんなこと、いくらでもあるよね!」

怒りと言うよりも、諦めの感覚の方が大きい。

もちろん全ての公共事業が同じとは考えていないし、考えたくもない。

しかし多くの公共事業が、同じような状況だとは考えている。

しかしここで、勘違いしてほしくないことがある。

「最近は悪くなった!」と考えないことだ。

昔から同じことが繰り返されていることを、絶対に忘れてはいけない。

そう考えないと、物事の捉え方がおかしくなる。

そこから今回の事件は残念だが、このように取り上げられることは、むしろ好ましい。

同じような不正を続けても、罰がないと考えているうちは、改善されることはない。

このように取り上げれられると、「次は自分か?」という気持ちになる。

それが抑止力になる可能性が高い。

ここで注目すべきは、「フェイスブック」というネット環境を使ったことだ。

これが駅前の街頭演説とかならば、簡単に潰されてしまう。

しかし一度ネットに上げてしまえば、その情報を止めることは出来ない。

昨日まで地名すら知らない人が多い場所が、今日には全国から注目を浴びることになる。

もちろんこれで、全てが解決出来るとは思わない。

しかし同じような状況を見ながら、何も出来ない人に対しては強烈なアピールとなる。

また同じような状況を抱えている人は、この勝井議員と連絡を取りたいと考える。

この下から押し上げるようなネットワークは、決して軽いものではない。

結果ではなく、まずこの下地を作ることが大切となる。

まとめ

正直、何十年も続いているしがらみを、簡単に変えることは出来ない。

特に年配の実力者が実権を握っているうちは、かなり難しいだろう。

都会ならともかく、閉鎖されている地域なら尚更だ。

しかしそこにも代替わりがあり、現代的な考え方を持つ世代が出てきているはず。

そこで緩やかな切り替えをしていくのが、好ましいと考えている。

「今の日本のやり方は古い!」

「今の若者は...」的な指摘ばかりあるが、個人的には「今の老人は!!」の方がよっぽど問題を抱えている。

特に実権を持っている「老人」に問題があることが多い。

「追い出せ!」とは言わないが、「引退」してくれてもいいのですけどね。

とにかく、次世代の人たちに期待する。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

スポンサーリンク
wp_336x280R
wp_336x280R
関連記事&スポンサーリンク

関連記事&スポンサーリンク