熊本で陸上自衛隊のヘリコプター部品が落下した件について考える

2018年4月21日、熊本にある陸上自衛隊第8師団は、所属UH60JAヘリコプターの部品が飛行中に落下した可能性があることを発表した。

現在の所は被害の報告はなく、どこで紛失したかは不明である。

元ネタはこちら

→陸自ヘリ部品落下か=被害報告なし―熊本

今回はこの件について考えていく。

私には技術的なことは分からないので、記事から考えられることや、感じたことを書いて行きます。

部品の紛失について

まず部品を紛失したことについて、「問題が有るか?」と問われたら「有る」と答える。

しかし糾弾する気は起きない。

なぜなら事実を発表しているからだ。

この記事から推察出来るのは、大きさと重量から考えて材質はプラスチックではと考えている。

正直、プラスチックの開閉部分など年数と共に劣化して、思わぬタイミングで破損する。

またそれを防ぐには、危なくなる前の取替しか方法はないが、それが認められるほど、予算はついていないだろう。

またどこで紛失したか分からないのだから、「公表しなければ誰も分からない」となる。

また部品が見つかっても、自衛隊の部品と判別することは難しいだろう。

そこから、最近よく話題に上がる「隠蔽」するのは簡単である。

それなのに可能性の段階で発表していることは、もっと評価すべきである。

報道姿勢に対して

今回の紛失に対して、最初に貼り付けている記事以外も見ているが、見ている限り事実だけを記載している。

自衛隊を非難したりすることは書かれていない。

この件について、非常に報道内容を評価しています。

明確なことが分からない段階で憶測を書いたり、また非難するのはマスコミの領分を超えている。

大切なのは読んだ人が、正確に判断出来ること。

人によっては、部品落下はとんでもないとして非難するかもしれない。

人によっては、飛行ルートの発表を依頼するかもしれない。

人によっては、経年劣化する部品を使わずに済むように、予算の増額を支持する人がいるかもしれない。

このように読み手が冷静に判断できる、情報の提供こそがマスコミの仕事と考えている。

陸上自衛隊所属ヘリの飛行自体を非難したり、整備不良を非難することは間違っている。

それが出来る人は飛行ルートに住んでいる住民であり、また万が一被害があった場合の被害者だけとなる。

まとめ

今回の記事を見ていてやはり考えてしまうのは、これが沖縄のアメリカ軍が同じことを発表した時、どのように扱うかについてだ。

おそらく、相当な非難を受けることになるだろう。

しかし非難しても解決しないのは、分かりきったこと。

それならアメリカ軍が些細なことでも報告しやすいように、非難を抑えるべきではないか?

そして問題が起これば、「どうすれば解決出来るか?」を考えれば良い。

非難ばかりしているから、非難されたくないために隠したくなる。

これは誰もが感覚的に理解できるはず。

「個人と組織を一緒にするな!」と怒るでしょうか?

しかし日本の企業でも、たくさんの秘密を抱えているのは公然の事実である。

また最近は事実として、不正も多く見つかっている。

悪意による事件は、強く非難しなければいけない。

しかし不可抗力による失敗に対して、強く非難することは逆効果ではないか?

個人レベルに置き換えると、飲酒運転による事故は非難しないといけない。

しかし不注意による事故を、どこまで非難するのが正しいだろか?

また自分が事故を起こしたとして、どこまで非難に耐えきれるだろうか?

もちろん直接的な被害者には、いかなる理由が合っても非難する権利がある。

しかしそれ以外の人は加害者への追求より、再発防止の追求に目を向けて行きたい。

少なくとも私自身は、そのように考えている。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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